Albano

 それは、記憶をつかさどる巫女と共に記憶をあつめ、一生を共に過ごし、巫女を見届けるものの名。
 それになるのは、人間でも、その他の種族でも、動物でも、植物でも良い。ただ、巫女を大切にするものであれば良い。
 そして、以下の条件に沿う者がアルバノとなることができるのだ。

1、己より、巫女を大切に想うことができる者
2、巫女を守る力を持つ者。巫女に傷一つ付けさせぬ者
3、巫女が信頼する者。巫女を信頼する者
4、巫女を“契約の地”へ最後まで別れず辿り着くと誓う者
5、何よりも己を愛し、巫女のためであれど、決して命を投げ捨てぬ者
6、“狭間の地”に入る資格を持つ者

 これらの条件を満たす者のみがアルバノと認められる。ただし、巫女一人に対し、アルバノは一人と決まっている。

 これは、一人の巫女と、一人のアルバノの記憶を廻る物語。

***

Prologue Albano:00 Weill(我鋳鏤)

『秋子。大きくなったら、一緒に旅に出よう。“契約の地”に行こう』
『けいやくのち?』
『それが秋子の使命だから』
『しめい?』
 よく分からない。と幼い私は首を傾げた。
『うん。といっても、秋子には難しいか。まだ幼いもんな』
 悲しそうにその人は笑って、私の頭をなでてくれる。
 その大きくて優しい手が大好きだったななどと思う。
『いいよ。気にしなくて。僕の独り言だから。……えっと、そうだ。これをあげるよ』
 その人は私の手にキラキラ輝くかけらを乗せる。
 紫に輝く小さなひとかけら。
 紫水晶アメジストだよ。とその人は言う。
 おいしそうな名前だなんて今思えば馬鹿みたいなことを言ったものだけれど、その人は微笑む。
『おいしそうだからって食べちゃダメだよ。それに絶対に自分から離しちゃダメ。ずっと、持っていて。僕が“狭間の地”に行く資格を得てアルバノになるまで』
『あるばの?』
 やっぱり分からないと幼い私は首を傾げるだけで。
『はははっ。いーの。秋子はまだ何も知らなくていいんだよ。今は何も知らなくて、無知のままで……。でないと、秋子はきっと気付いてしまうから』
 気付く。
 何に。
『自分が――――』
 無音。
 彼の口はゆっくりと言葉を紡いでいたけれど、音には出さなかったから。
『あえおお?』
 彼の口を真似て音を出してみた幼い私だったけれど、何を言いたかったのかはあの頃も今でも分からない。
『なんでもないよ。でも、無知なままでいて。何も知らないままでいて。傷つきたくなかったら』
 そういって、彼は立ち上がって。
『僕、そろっと学校行かなきゃ』
『まって』
 行かせてはいけない気がして幼い私も立ち上がる。
『ん?』
 優しそうに振り返って先を促すその人の顔は思い出せない。
『わいるお兄ちゃん。あのね……』
 わいる……ワイル。
 真名、我鋳鏤。
 それが私の兄の名前。
 私は、このときのこと以外、ワイル兄さんのことを思い出すことが出来ない。
 ただ、確かに分かっていることは、兄さんは“狭間の地”に言ったっきり帰ってこなかったか、死んでしまった……んだと思う。
 ……私の記憶は曖昧だ。
 曖昧というか、何も覚えていない。記憶していない。
 記憶の巫女には、記憶のかけら以外の記憶を排除する術がかけられているから。
 私は記憶の巫女として、12年前に生を受けた子ども。

 名は……秋子。

***

the first chapter Albano:01 Gershulu(牙繍鷺)

 巫女とは、記憶を集め“契約の地”に棲む記憶をつかさどる神 梟の元へ運ぶ者。
 記憶は、宝石のかけらのようなものとして世界中のあちこちに散らばっているといわれている。
 それが記憶のかけら。
 誰のものかは分からない記憶のかけら。
 それを拾うのが、私達、巫女の役目。
 そして、巫女にはその記憶のかけら以外の記憶、つまり、自身の記憶は次の日に消される術をかけられている。
 とはいっても、こうやって自分の使命だけは覚えている。
 悲しいくらいに覚えている。

 先代の巫女達は皆“契約の地”に言ったけれど、帰ってきた者は一人もいないという。
 今までの巫女達は、どんな思いでそこに向かったのだろう……。

 かつて、45人の巫女が、その使命を全うし、そうして帰ってこなかった。

 そして、46代目アキコ。私の旅立ちまであとわずか三年まで迫っていた。

***

 教室の中で、大人が何かを言っている。
 授業だ。
 授業を受けている。
 だけれど、私はどこか上の空で聞いていた。
 どうせ、明日には忘れてしまうのに。
 心の中で、口には出せない本音がささやく。
 そうだね。と本音に返しながら、真っ白なノートを見つめる。
 私は巫女だ。
 明日にはすべてを忘れていて、何も学べない愚か者。
 そんな私は授業を受けても明日には忘れてしまうし、テストは当然のごとく免除だ。
 生きているだけでいい。何もしなくていい。
 それが巫女の私に許された唯一のことだと、私の親に当たるらしい人間に今朝言われた。
 もしかすると、毎朝言われてるのかもしれないけれど、私は覚えていない。
 何もしないで、ただ生きて、そして“契約の地”に行って消える。
 それだけが私に許された道。
 早く終わらないかな。と心の中でつぶやく。

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