「ごめんね。快人……。」
泣きすぎて、声にならない息遣いが、誰もいない街に響く。
病に倒れ、まともに食事もできていなかった快人の体は、力のない私が軽く担げてしまうほど、やせてしまっていた。
もう、快人の体からはぬくもりは感じられない……
ガスマスクをかぶった私は、恐る恐る扉に手をかけた。
家から一歩出れば、毒に侵される危険性は高くなる。
……正直なところ、ガスマスクさえも気休めでしかない。
どうせ、こんなものをつけても、体は侵され続ける運命だ。
「……。」
……街に明かりはともっておらず、毒が蔓延するこの世界は、薄暗い霧がかかっていた。
この霧が、毒の正体なのは、わかりきっているけど、どうしようもない
あたりを見回して、私は急に恐ろしくなった
……見渡す限り、視界に明かりという明かりが一つもない。
もしかしたら……、街の人全員がもう死んでしまったのではないかと思って、私の体は無意識に震えた。
怖い
怖い
笑いかけてくれる街の人が誰もないなんて、思いたくない。
でも、そう思ってしまうほど、世界は真っ暗だった。
「快人、ごめんね……。お墓用意してあげられなくて」
背中の息をしない弟に語り掛ける
聞こえてないのは、わかってる。
でも、しゃべっていないと、快人が死んでしまったのを認めるようで嫌だった。
「今から、父さんと母さんのところに連れてってあげるからね」
ガスマスク越しに快人のきれいな顔を見つめる。
もう、永遠に開かれない瞳にかかるまつ毛の淡い紫色が、男の子にしては綺麗だったと思って、涙があふれてきた。
『椎奈』
これからは、快人はそう言って頬笑んではくれない
それが、つらくて、ガスマスクの中で、私は小さく呻いた。
悲しみと憎しみが私の中であふれてくる。
快人を殺した王が憎い。
快人だって、許すなと言った。
人を決して憎まなかった快人が許すなと言ったんだ。
だから、憎んだって許される気がした。
母さん、ごめんなさい
約束守れなくて。他人を憎んじゃって。
でも、私には、こんなことしかできないんだ。私は、王を許せるほど心は広くない。
ガスマスクから吸う空気はやけに息苦しかった。
暗い坂をゆっくりと進む。
母さんと父さんが眠っている協会は、まだまだ先だ。
……あの日から、しばらくたって、埋葬屋が死んだあたりだったか、皆が教会で死者を弔うようになった。……弔っているという言葉は不適切かもしれない。ただの死体置き場のようになってしまっているから。
目の前を漂う霧が、私の進行を妨げる。
こんなところで、のんびりしている場合ではないのに――――
長時間、ここにいるのは、危険だ。
毒を吸い続けたら、私も倒れてしまう。
……それもいいかもしれない。
どうせ、誰も生きてないこんな所にいても仕方ないんじゃないか。
そんな思いが心をかすめるのを頭を振って、打ち消す。
それじゃダメなんだ。
私が死んだら、この街の無念を誰が晴らしてくれる……?
誰もいないなら、私がやるしかないのだから……。
「……っ!!」
行く先々に、死体が転がっている……。
中には、知っている顔もある。
でも、私は立ち止まらず、紫色の霧をにらみつけながら、前に進んだ。
いつか、王に復讐をすると誓いながら…………。
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