また、人が死んでいく。
……昨日は、幼馴染の幸也が死んだ。
次は、弟の快人が死ぬみたいだ……。
「椎奈?」
「どうしたの……? 快人」
私は、快人に優しく微笑もうと試みるけど……。ダメみたい。
「椎奈…。泣かないで?」
快人の頬に流れていく水滴の正体は、どうやら私の涙らしい。
涙でゆがむ視界に、泣きそうに笑う快人の顔が見える。
なんで……、皆、死んでいくのか私には分からなかった。
「俺……、死なないよ?」
私を泣き止ませようとしてるのか、快人はその辛そうな顔で笑いかけてくる。
でも、涙は止まるどころか、あふれてきた。
「もういいよ、快人しゃべんないで……。体に障るよ?」
「いいよ。今、ちょっと気分がいいんだ。」
強がるような声に私は、何も言えなくなってしまった。
握っていた手は、私の体温ばかりが高くなる一方で、快人のぬくもりは、もうほとんど感じられない。
だんだん、快人の死が近づいてきているのは、嫌というほど分かってしまっていた。
「快人、なんか食べたいものある?」
死を目の前にしてる弟に対して、こんなことしか言えない自分がすごく悔しくて、涙はやむことを知らず、私の頬を流れていく。
「……もう、何もいらないよ。」
快人がとても悲しそうに笑った。
「椎奈が笑ってくれたら、それでいいや。」
まるで、どこかで見た映画のようなセリフに、私は馬鹿だなぁと小さくつぶやく。
「私なんかが笑っても、気色悪いよ?」
私は、本心からそう思う。
顔の右半分が、歪にただれてしまっている私の顔は、化け物と呼ぶに等しいものだったから……。
「椎奈、きれいな顔してるのに、そんなこと言わないでよ。」
思っていたことが顔に出てたのかな……、快人が私の右頬に触れる。
……案の定、快人の手は冷たかった。
「……、俺が元気だったら、こんな顔にならなかったのに」
「いいって言ったでしょ……。こうなる運命だったんだよ」
毒に侵された顔はもう元には戻らない。
どんな手段を使っても、治らないのだと医者にいわれてしまった。
……だから、もういいのだ。
「椎奈、お願いが一つ……。」
そう言う快人の顔は、真っ青になっていた。
「……っ!? 快人!!」
「だい……じょぶ、だ、から」
「大丈夫じゃないよ!! やだっ、なんで……」
口から、嗚咽ばかりが漏れて言葉が続かない。
昨日、幸也が死んだ時もこうだった。
急に真っ青になって、そのまま動かなくなってしまった。
「し……な。いいから、聞いて。」
快人の腕が、私の体を包み込むように抱いた。
「……か、いと?」
私の耳には、苦しそうな快人の吐息が聞こえてくる。
「や、つらを、許さな、いで」
途切れ途切れになりながらも、快人は私に訴えてくる。
「あんな、暴挙許しちゃ、ダメだ……」
「快人……」
「じゃなきゃ……、母さんも、父さんも、町の皆も、幸也兄さんも……、死んだ、意味、無くなっちゃうよ……。」
触れ合った体が、快人が泣いていることを伝えてくる。
快人だって、死にたくないんだ。
そんなのはわかってるのに……。
私には、何もできなかった。
「皆、死にたくなかったんだ……。なのに、なのに……っ!!」
震える快人の肩を、私は強くつかんだ。
「もういいよ、わかってるから!! わかってるから!」
次の瞬間、快人の力が抜けるように、私に寄りかかってきた。
「っ! 快人! ねえ、快人!!」
恐ろしくなって、快人の体を揺さぶる。
そしたら、耳元で小さな息遣いが聞こえてきて、一瞬だけど、ホッとした。
「……ご、めん。もう……、体、うごか、ない……。目、かすんできて……、椎奈の、顔、見えない、よ……。」
かすれていく声に、恐怖が心を占めていく。
嫌だ、快人と一緒に生きたい。一人になりたくない。
心の中で、叫ぶ自分がいる。
「椎奈、ごめん……、ごめん……」
ホント、ごめんね――――――
その言葉を最後に、快人の体が、ずるっと鈍い音を立てて、私の肩から、滑り落ちた。
「――っ!!
いやぁあああああああああああああっ!!」
私の叫び声だけが、のどを裂いて響いていた
なんで……
なんで、皆死ななきゃいけないんだ!!
私たちは生きたかっただけなのにっ!!
それだけなのにっ!!
心を染めていくのが憎しみであるのがわかった。
でも、もう他人を憎まずにいられなかった。
母さんたちは、人を憎むな――と言った。でも……、
もう、そんな心のゆとりなど、微塵もなくなっていた。
どうして、憎んじゃいけない……
私たちは、こんなに苦しんだのに、苦しんでるのに!!
大切な人が皆死んじゃったのに!!
それでも、私たちに憎む権利がないなら、いったい、何のためにここに生まれてきたのか、私には分からなかった。
大好きな快人が死んだ。
私を愛してくれた母さんも、父さんも死んだ
仲の良かった幼馴染の幸也も
親友の紗彩も斗真も
担任の先生の立華先生も
近所のパン屋さんも、薬屋さんも
皆
皆、死んだ。
私が、知ってるだけでも、200人は死んだ。
なのに、なんで……。
なんで、こんなに憎いのに憎んじゃダメなんだっ!!
悔しくて悔しくて、私は、声がかれるまで泣き叫んだ。
それでも、憎しみは消えなかった。
憎しみが、心の中で膨張していくのを、抑えることができなかった――――
私の故郷、エスタリスク
ついこの間までは、緑に囲まれ、穏やかで平和だったこの街を、
人々はこう呼ぶ。
毒の街と――――――
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