七不思議の少女 <柚葉小学校の七不思議>

――あなたは、
学校に伝わる七不思議を知っていますか? 
これは、僕の通っていた小学校にまつわる話です――

 僕が七不思議に出会ったその日は、暑い夏の日でした。

 ぽたぽたとアスファルトに黒いシミができる。
 それをぼーっと見つめながら僕、高木修哉はため息をついた。あまりの暑さに汗は止まりそうにない。
「アイス食べたい……」
 なんてぼやいてみるけれど、家までそんなに距離はない。あと数分の辛抱だと思いながら、それでも止まらない汗に耐えかねて、Tシャツの襟をつかんで汗を拭った。汗で濡れたTシャツがぺたぺたと肌に張り付くのに嫌気がさしながらも一歩ずつ家へと足を進める。
 空がやけに明るくて。青くて。日差しが痛くて、嫌な日だと思った。
 ジージーと絶え間なく鳴りつづける蝉の声がさらに暑さを際立たせる。
 波打つように揺らめく陽炎。
 ぼやける視線の先に何かがふっと通った。
 真っ青な空にひまわり畑……。
 まさか、こんなアスファルトに覆われたところにそんなものがあるはずがないと僕は、目をこすって、もう一度まっすぐ前を見つめる。
 ……そんなまさかの光景が目の前にあった。というより、いた。
 ひまわり畑を思わせる生地のワンピースを着た女の人だった。
 僕がじーと見つめていたせいだろうか。女の人は僕に気づくとかぶっていた白いリボンのついた可愛らしい麦わら帽子を少し上にあげて、こちらを見た。
「こんにちは」
 透き通った声に一瞬ドキリとする。うるさい蝉の泣き声が遠ざかっていくような気がした。
 そう言った女の人は綺麗な顔立ちをした人。すっと伸びた背筋が彼女の気品を感じさせる。
「あなた、柚葉小学校の子だよね?」
「……?」
 思いがけぬ質問に首をかしげた。どうして、そんなこと聞いてくるのだろう?
 そういえばと、近頃、よく聞く誘拐事件の類を思い出す。
 学校では、知らない人にはついていかないとか、お話ししないとかそういわれるやつだ。
 僕が女の人からそっと距離を置くと彼女はくすっと笑った。
「そう警戒しないで。ちょっと聞きたいことがあっただけだから」
「聞きたいこと?」
 怪しい感じがしなくもない。
 僕が訝しげに問うと、彼女はうれしそうな顔をして、麦わら帽子を脱ぎ改めて僕を見つめた。
 はらりと長く綺麗な黒髪が彼女の肩に落ちる。
 そして紡ぎだされた言葉は、意外な物だった。

「ねえ、柚葉小学校の七不思議って知ってる?」

「え?」
 思わず、聞き返す。……七不思議だって?
「な、七不思議って……。ちょっと、お姉さん大丈夫?」
 あまりに現実離れしたそれに、僕は笑うしかなかった。
「笑うなんて、失礼ね。それに私は質問しただけよ?」
 ぷぅっと頬を膨らませて抗議してくるその様はまるで幼い子供のようだった。
 なぜ、小学校の七不思議なんて聞くのだろうか。首をひねると彼女は
「あの学校の七不思議を知ってる?」
 再度、遠くに見える僕の小学校を指して、同じ言葉を繰り返した。
「どうしてそんなこと聞くの?」
 正直、『この学校にも七不思議があった』という噂しか聞いたことがない。だから、七不思議の内容を知っているかと問われれば答えはノーだった。
「七不思議があったのよ。あそこにも。私がちょうど卒業する間際の話なんだけどね。ふと思い出して、確かめてみたくなって。でも、あなたの反応からすると、どうやら無くなってしまったみたいね」
 女の人がさみしそうにそんな事を言うから、僕は
「七不思議自体の噂なら聞いたことがあるよ」
 と口走ってしまっていた。
「ほんとに!」
 彼女が心底うれしいといった様子で目を輝かすので、あ、しまった……と思い、真実を付け加える。
「だけど、あるのは七不思議があったっていう噂だけ。具体的にどんな七不思議なのかは、今じゃ、多分、誰もわからないんじゃないかな……」
 僕はあるがままの事実を彼女に話す。そうだ、七不思議がどんなものかなど僕も知らないのだから。
「そっか。ありがとう!」
 女の人はあっさりとそう言って、駆け出そうとした。慌てて黄色の背中を止める。
「待って!」
 僕の声に女の人はピタっと止まると振り返った。
「なぁに?」
 この人は、七不思議を確かめに来たと言った。つまり、七不思議を知っているということだ。
 僕は未だ知らない七不思議に好奇心を掻きたてられた。
「お姉さん、七不思議を知ってるの?」
「ええ! もちろんよ!」
 女性は胸を張る。その様子を見て、僕は心を決めた。
「じゃあ、僕にも七不思議確かめさせてよ」
「え?」
 僕がこんな提案をすると思っていなかったのだろう。彼女はその顔に似合わないほど素っ頓狂な声を上げると、ふっと顔をほころばせた。
「あなたも気になるの? 一緒に来る?」
 その時だけ、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて僕に問いかけた。
「行きたい」
 前言撤回だ。怪しい人かもしれないだとかそんなことはすっかり頭から無くなってしまっていた。すでに僕は七不思議というものに、魅せられてしまっていた。
「分かったわ。でも、まだ時間が早いわね……」
 彼女の言葉にふと腕時計に視線を落とす。針は二時半を指し示している。
 午前授業の後に委員会の仕事をしてきたので、こんなもんだろう。
 けれど、早いとはどういうことなのだろうか。
「あなたは一度おうちに帰った方が良さそうね。ここに四時に集合ってところでいいかしら?」
「いいよ。でも、なんで四時?」
「七不思議には、時間が関係するものもあって、その内の一つが四時四十四分四十四秒っていうホラーにありがちなベタな時間だからよ。死にかけ合わせたようなね」
 少し呆れたように彼女は肩をすくめると僕の方に向き直る。
「私は、葵。あなたは?」
「僕……? 僕は、修哉。高木修哉」
「そう、修哉君っていうのね。よろしく。じゃあ、四時にここで待ってるね」
 彼女はそれだけ言い残すとスキップでも始めそうなほど軽やかな足取りでどこかへ去って行ってしまった。
 ……葵さん。
 彼女の名前を数回反復して、僕も家へと向かった。

***

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