旧(一万字版) 「七不思議の少女」

――あなたは、
学校に伝わる七不思議を知っていますか? ――

 ぽたぽたとアスファルトにシミができる。
 頬から垂れる汗を拭って、僕、高木修哉はため息をついた。ぼーっとする頭を僕は大きく振って、家路につく。
 あまりの暑さに汗は止まりそうになかった。
 陽炎でぼやける視線の先に何かがふっと通って僕は目を疑う。
 真っ青な空にひまわり畑……。
 いや、まさか。都会のこんなところにそんなものはあるはずがない。僕は、目をこすって、まっすぐ前を見つめる。しかし、僕の予想は大きく裏切られた。
 ……ある。否、いると言った方が正しいかもしれない。
 本物のひまわり畑を思わせる生地のワンピースを着た女の人がそこにいた。
 僕が凝視していたせいだろうか。女の人は僕に気づくとかぶっていた麦わら帽子を少し上にあげて、僕の方を見た。
「こんにちは」
 そう言った女の人の顔は、世間一般でも美人といわれる類のもので、日本人らしい気品があった。
「あなた、柚葉小学校の子だよね?」
「……?」
 思わぬ問いかけに首をかしげる。どうして、そんなこときいてくるんだろう? まさか、新手の誘拐犯……?
 とりあえず、女の人から距離を置くと、彼女はくすっと笑った。
「そう警戒しないで。ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
 ますます怪しい感じがしなくもない。
 僕が訝しげに問うと、彼女はうれしそうな顔をして、麦わら帽子を脱ぎ、改めて僕を見つめた。
 はらりと長く綺麗な黒髪が彼女の肩に落ちる。
 そして紡ぎだされた言葉は、意外な物だった。

「ねえ、柚葉小学校の七不思議って知ってる?」

「え?」
 思わず、聞き返してしまう。……七不思議……だと? 
「な、七不思議って……。ちょっと、お姉さん大丈夫?」
 あまりに現実離れしたそれに、僕は笑うしかなかった。
「笑うなんて、失礼ね。それに私は質問しただけよ?」
 なぜ、小学校の七不思議なんて聞くのだろうか。首をひねると彼女は
「あの学校の七不思議を知ってる?」
 再度、遠くに見える僕の小学校を指して、同じ質問を繰り返した。
「どうしてそんなこと聞くの?」
 正直、『この学校にも七不思議があった』という噂しか聞いたことがない。だから、七不思議の内容を知っているかと問われれば答えはノーだった。
「七不思議があったのよ。あそこにも。私がちょうど卒業する間際の話なんだけどね。ふと思い出して、確かめてみたくなって。でも、どうやら無くなってしまったみたいね」
 女の人がそんな事を言うから、僕は
「七不思議自体の噂なら聞いたことがあるよ」
 などと口走ってしまっていた。
「ほんとに!」
「だけど、あるのは七不思議があったっていう噂だけ。具体的にどんな七不思議なのかは、今じゃ誰もわからない」
 僕はあるがままを彼女に話す。そうだ、七不思議がどんなものかなど誰も知らないのだから。
「そっか。ありがとう!」
 そう言って、駆け出そうとした黄色の背中を僕は止めた。
 この人は、七不思議を確かめに来たと言った。つまり、七不思議を知っている。
「お姉さん、七不思議を知ってるの?」
「ええ! もちろん」
「じゃあ、僕にも七不思議確かめさせてよ」
「え?」
 僕がこんな提案をすると思っていなかったのだろう。彼女はその顔に似合わないほど素っ頓狂な声を上げると、ふっと顔をほころばせた。
「あなたも気になる? 一緒に来る?」
 その時だけ、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて僕に問いかけた。
「行きたい」
 前言撤回だ。新手の誘拐犯だとかそんなことはどうでもいい。すでに僕は七不思議というものに、魅せられていた。
「分かったわ。でも、まだ時間が早いわね」
 腕時計に視線を落とすと針は二時半を指し示している。
「あなたは一度おうちに帰った方が良さそうね。ここに四時に集合ってところでいいかしら?」
「いいよ。でも、なんで四時?」
「七不思議には、時間が関係するものもあって、その内の一つが四時四十四分四十四秒っていうベタな時間だからよ」
 少し呆れたように彼女は笑うと僕の方に向き直る。
「私は、葵。あなたは?」
「僕……? 僕は、修哉。高木修哉」
「そう、修哉君っていうのね。よろしく。じゃあ、四時にここで待ってるね」
 彼女はそれだけ言い残すとスキップでも始めそうなほど軽やかな足取りで去って行ってしまった。
 ……葵さん。
 彼女の名前を数回反復して、僕も家へと向かった。

***

 四時になるのは案外あっという間だった。
「ごめんなさい。遅くなりました」
 さっき会った時は、警戒していたとはいえ、随分ぞんざいな口のきき方をしていたと思い、僕は口調を改めた。が「さっきみたいに話してくれた方が気が楽」と微笑むので、普段通りの口調で話すことになった。
「親御さん達、心配しない? 大丈夫?」
 などと心配してくるあたり、この人は普通の人だと思う。にしても、葵さんは一人で七不思議を調べるつもりだったのだろうか。もし本当にお化けがいたとしたら、一人じゃ逃げられないだろうに……。
「葵さん、もしかして一人で行くつもりだったの?」
「ん? そのつもりだったよ。でも、修哉君が来てくれて助かった。やっぱり、一人よりは心強いよね」
 なんて話をしていたら、学校についてしまった。今日は、午前授業だったこともあり、校舎に人の気配は無かった。
「じゃあ、入ろうか」
 僕の通うこの柚葉小学校は、なぜか警備員も監視カメラもない、今時にしては警戒心の薄い学校だ。たぶん、この地域が、比較的に犯罪が少ないからだろう……。
「誰もいない学校って、なんだかワクワクしちゃうね?」
「葵さん、子供っぽいって言われない?」
「え? ああ……。よく言われる」
 彼女は、笑顔を絶やさない。その笑顔はとても無邪気で、僕なんかより子供っぽい。見とれてしまうほどに。
「ねえ、修哉君。私、ちょっと一人で学校の中、見てきてもいい? なんだか懐かしくて」
「……うん、いってきたらいいよ」
「ありがとう。私が戻ってくるまで、修哉君どこにいる?」
 どこにいると聞かれても、ぱっと思い浮かばず、目の前にある光景を指さす。二つの校舎間に挟まれたそこは、僕らが裏庭と呼ぶところだった。鉄棒や平均台、花壇や鶏小屋がある、いわばもう一つの校庭みたいなものだ。
「僕、そこにいるよ」
「うん。わかった。できるだけ、早く戻ってくるね」
 彼女は、麦わら帽子を僕に預けると、校舎の中へと姿を消した。
 …………。
 ヒューと冷たい風が吹く。空は、まだ明るかったが、ひどく気温が下がっているような気がしてならなかった。僕の気のせいだとは思う。あちらこちらで、カラカラと不気味な音が聞こえるのも、この震えるような涼しさもきっと気のせいだ。
 校舎の高いところに設置されている大きな時計は、四時一五分を指していた。七不思議の始まりまで、三十分はあったから、僕は、平均台にそっと足を乗せた――――。

『ふふふっ。久しぶりのお客さんだよ。とっても、久しぶり。このかわいい男の子は、私を見てどう思うのかな?』

「――!」
 不思議な声で、僕は目を開けた。
 どうやら、平均台の上で座ったまま眠ってしまったらしい。日は西に傾き始めていた。
「さっきの夢?」
 七不思議のことばかり考えているせいだ……。神経質になりすぎて、あんな夢見たんだと僕はかぶりを振ると、校舎の壁を見上げた。
 時計は、四時四十分を過ぎようとしていた。
 ――もうすぐ時間だ。
 もう少しだというのに、葵さんの姿は見えなかった。
 ちょっとだけ探しに行こうと、給食コンテナ室のわきを通った時、何かが視界の端をよぎった。
 赤い何かが。
「――っ?」
 まさかと思い、振り返るがそこには誰もいない。
 ほっと胸を撫で下ろして、コンテナ室の窓ガラスに目をやった。
「――――――!」
 声にならない絶叫が僕の中で響いた。
 窓ガラスには、
 不気味な笑みを浮かべた赤いワンピースの少女が立っていた。
『かーごめかごめ かーごのなかのとーりは』
 ……! 聞き覚えのある歌詞が聞こえてくる。それは、少し昔まで遊ばれていた子供遊びだ。
『いついつでーやる。よあけの晩にー。つーるとかーめがすぅべったー。うしろの正面だぁれ?』
 まるで、後ろを向けとでも言っているような口調。
 だけど、僕は振り返る気にはなれなかった。
 窓越しの少女の顔はよく見えない。恐怖で体が震える。
 葵さん……。
 僕が諦めて目を瞑ろうとした時、後ろから声がした。
「修哉君?」
 たった数十分前に分かれただけだというのに、その声の懐かしさに僕は泣き出したくなった。葵さんが後ろにいるならと思って、勢いよく振り返って、僕は本日二度目の声にならない絶叫をあげた。
 僕の視界に映ったのは、 優しい笑顔を浮かべた葵さんと……
 その肩をがっしりとつかむ赤いワンピースの少女だった。
「あ、……あおいさん」
「ん?」
 葵さんには見えていないのだろうか。この少女が。
「葵さんの肩に……」
 声が震えてうまく話せない。僕は、葵さんの肩を指さす。
 葵さんが、肩の方を見つめた。一瞬、葵さんが無表情になったかと思えば、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「あら。肩が重いと思ったら」
 なんて、にこやかに言う葵さんに僕は驚いた。
「ちょっ! 葵さん! この子!」
「ん? あ、言わなかったっけ? 七不思議の一番最初。四時四十四分四十四秒に現れる、非常階段の赤い少女」
「は?」
 間抜けな声が僕の口から洩れる。七不思議の一番最初と言わなかったか? 要するに……
「その子、お化けええええ!」
「そうよ。なに驚いてるのよ? 七不思議を確かめに来たんなら、これくらい覚悟の上でしょ?」
 さらっと言う葵さんも葵さんでちょっと怖かった。
「え……。でも、お化け……」
「大丈夫。少なくてもこの学校には害を与えるお化けはいないわ。ね? そうでしょう?」
 葵さんは、赤いワンピースの子に同意を求める。よくよく見ると、少女はただの幼い女の子だった。体が半透明であること以外は。
 怖がっていたから、怖く見えたのだろう。思っていたよりも少女は怖くなかった。
 少女は、小さく頷く。
『かごめかごめやろう?』
 少女は、僕の目をまっすぐ見つめた。綺麗に透き通ったその目はお化けとは思えなかった。
「ねえ、名前は?」
 僕の問いに彼女は目を細める。
『かごめ。立川かごめ。ずぅっとね、かごめかごめをやりたかったの。私の名前の入った遊びだからね。』
 思うに、この子が生きていたのは、僕らよりずっと昔だ。
 おかっぱ頭と少し歯並びの悪い笑顔が、歴史の教科書で見た戦時中か、戦後の女の子を思わせる。
「葵さん。やってもいい?」
 かごめちゃんのお願いを聞いてあげたいと思った。このまま、やりたいことをやれないままというのは、可哀そうな気がした。
「じゃあ、修哉君、鬼になってくれる?」
 なぜ、僕が鬼なのかはわからないが、僕は真ん中にしゃがみ目をつぶった。

 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつでやる
 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った うしろの正面だあれ?

 懐かしい子供遊び。やる人が減ってしまったこの遊びの歌詞が身に染みる。
 うしろに誰が立っているかは、すぐに予想できた。
「かごめちゃん……だね」
 目を開けて、僕は振り返る。僕と目が合うと、うしろに立つ少女は破顔した。
『ありがとう』
 ……その一言を最後に、かごめちゃんの姿は薄くなり、ついには見えなくなってしまった。
 風が、僕の背中を虚しくなぞる。
「きっと、満足して成仏したんだね……。」
 しゃがんだ体勢のまま動けない僕に、葵さんは視線を合わせてくる。
「あのね、修哉君。私が、七不思議を確かめたかったのは、お化けなら成仏させてあげたいと思ったから。たとえ、それが七不思議をなくすことだとしてもね。だからね、七不思議がなくなっていたと聞いて、ほんとはね、ちょっと安心してた」
「お化けとか、成仏とか何それ? そんな非日常的なこと考えて、葵さんはここに来たの?」
「まあ、他の人が聞いたら、私のこと馬鹿だって笑うかもしれない。」
 僕の膝の上に落ちている麦わら帽子を、葵さんが頭に持っていく。つばで隠れて葵さんの表情は見えない。
「でも、修哉君はここでかごめちゃんを見た。かごめちゃんがここから消えたのも。だから、私のこと笑えないでしょう? でも、もし、ここで帰りたくなったのなら帰ってもいい。帰らないのだったら、七不思議全てを教えてあげるわ」
 葵さんの言葉の何かに引っかかった。でも、それが何か僕には思い出せなかった。七不思議に関するすごく重要な何か……。それは、いったい何だったっけ……?
 頭に霞がかったみたいにもやもやとしてうまく思い出すことができなかった……。
「……帰らない」
「そう。それじゃあ、ついておいで」
葵さんは笑わなかった。深くかぶった麦わら帽子の中で、葵さんは泣いていたように見えた……。

 そのあと、校舎を歩きながら、葵さんはこの学校の七不思議ができた経緯を教えてくれた。この学校に元は七不思議なんてものはなく、とある少女がただの気まぐれで作ったのだという。さっき見たかごめちゃんは、本物のお化けだったけれど、そのほとんどがデタラメだった。実際に七不思議の二つ目「設置消火器の落ちない手形」は、ただ血の色に見せかけたアクリル絵の具だったし、「勝手に流れる女子トイレの蛇口」なんかは、起こりもしなかった。「運動場の消えるボール」に限っては、見つけにくいところにボールが行ってしまっただけだというつまらないものだった。デタラメだったにしても驚いたのが、「第二校舎の踊り場の笑う鏡」だ。
 もともと、この学校の階段の踊り場には、何年か前の卒業生の自画像を木に彫った枠の付いた鏡があり、それ自体が怖かった。しかも、その自画像がやたらリアルなのと真顔なのがさらに不気味さを増していた。だけど、日が傾いたある時間にこれを見ると、日ざしの影響で何故か自画像が笑って見えるというものだった。……半分はこじつけに近かったけれど、言われてみればそういう風にも見えたので、きっとこの七不思議を作った少女は、とても観察力があったんだと思う。普段なら気づかないほど些細な物だったから……。
 それと、「夜の学校の一つ目小僧」とやらにも驚かされた。その正体は、夜の体育館を利用しているスポーツクラブの少年たちが、トイレに行くために懐中電灯を光らせていただけのことだった。……むしろ、こんな時間にいた僕らの方が彼らに驚かれてしまったようだったけど。
 こうして、あっさり六つ目まで真相が分かってしまい、僕も葵さんも少しだけ残念だった。

 日はとっくに沈み、時刻は午後十時を示そうとしている。ふわぁ……と僕はあくびを漏らした。暗い校舎の中を懐中電灯ひとつで歩くのにそろそろ飽き始めていた。
「……ねえ、葵さん? 帰らないの?」
 ここ数分、葵さんはひどく無口だった。聞こえていないのかと思い、もう一度声をかける。
 僕の問いに、葵さんは数分ぶりに僕の方へ体を向けた。懐中電灯の光が僕にあてられる。まぶしさに目を細めた。細めた視界のむこうには、麦わら帽子しか見えず、相変わらず、葵さんの表情は分からない。
「……まだ、帰れないのよ」
 ひどく冷たい声が返ってくる。
「どうして……?」
「だって、最期の一つが見つかってないじゃない?」
「さいご……?」
 葵さんは、懐中電灯を下ろす。
「私ね。最期の七不思議だけ知らない」
 その一言で、コンテナ室の前で何かに引っかかったことを思い出す。そして、それがひどく重要であることを。
 ……血の気が引く思いがした。
 恐怖のあまり、息が詰まる。全身が金縛りにでもあったかのように動かすことができなかった。体は全く動かないのに、心臓ばかりが激しく鳴る。
「……っ!」
 目の前に立つ葵さんが急に怖く感じる。震える唇を僕は手で押さえる。声もまともに出せない。
 ――ダメだ! このままじゃ……たぶん、僕は……

 死ぬ。

 なぜ、気づかなかった。
 七不思議。それは……。七つ全て知ったら、ダメなんだ。
 全部知ったら、死ぬ。
「どうしたの? 修哉君。顔、真っ青」
 そうやって、葵さんが頬に手を持ってくるのを見て、僕は耐え切れず走り出した。……葵さんの唇は綺麗な曲線を描いていた。まるで、楽しんで笑っているかのように……。
 葵さんは、ずっと笑ってたんだ……。
 全然、気づかない僕を。
 とにかく走った。怖くなった。死にたくはなかった……。
 走ってたどり着いたのは、裏庭だった。
 月が裏庭を薄暗く照らす。太陽や蛍光灯とは違うほのかな明かり。それは、何とも言えない不気味さがあった。明るいようで、暗い……。すごく、不思議な気分になる光。
荒れる息を整えながら、僕は裏庭を歩く。誰もいない校舎と遊具が僕を笑ってる気がした。視界に入ってくる全てが怖くて仕方なかった。
 震える足を前に出そうとした……。その時。
「修哉君」
 葵さんの声に僕はびくりと肩をあげる。
 なぜ……? 葵さんは、僕の後ろにいたはずなのに……。裏庭の隅に咲くひまわりのそばから葵さんは現れた。
 深くかぶった麦わら帽子。ひまわり畑を思わせるスカート。昼間見たそれは、とても綺麗だったのに今は違う。
 それらの存在感は、ほとんど薄くなって消えかけている。
「どうして、逃げるの? 修哉君」
 葵さんの顔はやっぱり見えない。大きな帽子のつばがそれを隠す。
「葵さん……。あなたはいったい……」
 声を振り絞り、僕は半ば泣きかけながら問いかけた。
 もう……、分かってるんだ。
 七不思議……。最後の、いや、最期の七不思議……。
 それは――――
「私は、葵。日向葵。六年前に、この学校に通っていて、七不思議を作った超本人」
 葵さんは、校舎に目を向ける。風が、彼女の髪をなびかせた。
「私、友達がいなかったの。誰にも見向きされずに生きてきた……。だからね、私は生きた証拠が欲しかった。誰かに覚えてほしかった。そのために七不思議を作った。
 本当の幽霊も利用したし、無ければ自分で作った。自分がお化けのフリもした。おかげで、七不思議はどんどん広まっていった。でも……」
 葵さんは花壇のひまわりをゆっくり撫でる。愛おしむかのように。
「私は、七不思議を最後まで作り上げることができなった」
「え?」
「七不思議を完成させる直前……、私は学校の前で暴走した車にひかれて死んだ……。」
「!」
 思ってもいなかった言葉に、僕は何も返せなかった。
「その日は、午前授業で学校には誰もいなかった。しばらく、そこで放置されて……、たぶん死んだんだと思う。それから、どうしていたかはわからないけど、今日、気づいたら、修哉君の前に立っていた」
 葵さんは、僕の前に来ると帽子を脱いだ。その帽子の下にいたのは、僕と同じ年くらいの葵さんの姿だった。
「このお花、育ててくれたのあなたでしょう?」
 葵さんは、ひまわりを指す。それは、ある日、僕が枯れていたひまわりの種をとって、植えたものだった。毎年、その繰り返しをしていた。誰に頼まれたわけでもなく、ただ、しなきゃいけないと思ったからやっていたものだった。
「私のお花だったの。だからね、お礼が言いたかった」
 葵さんは、にっこりと笑った。今までの中で一番素敵な笑顔で。
「ありがとう」
 どこかで同じものを見たような気がして、僕は焦った。……かごめちゃんと一緒だ……! 葵さんがどんどん透明になっていく。
「待って!」
 気が付いたら、僕は葵さんに手を伸ばしていた。
 頬に涙が伝っているのが分かった。
「いかないで……」
 なんで、そんな言葉が口についたのか分からない。ただ、どうしてもこのまま別れるのは嫌だった。そんな悲しい顔で、行かないで……。
 そんな僕の願いもむなしく、彼女はそのまま消えていった、最後の最後に「この七不思議を作ったのは私だから、修哉君は死なないよ。修哉君に何かあったら私が守ってあげるからね。それと一緒に七不思議、確かめてくれてありがとう」と耳元でささやいて……。

***

 次の日、僕は朝早くに学校に向かった。どうしても、確かめなきゃいけないことがあった。
 昨日の月明かりと一転して、太陽の光は暖かく眩しかった。僕は、昨日、彼女と別れたあの場所へと走った。
 花壇につくと、いつも通り、そこにはひまわりが咲いていた。まるで、葵さんの笑顔そのもののようなひまわり。それを見て、僕は泣きそうになる。
 ……たぶん、僕は葵さんが好きだったんだと思う。
 僕は、花壇を見つめる。花壇の煉瓦に傷つけるようにこう、書いてあった。「日向ひなた葵あおい 」と。
 ずっと前に、これを見つけた時、僕はてっきり、「向日葵ひまわり」を書き間違っていたのだと思っていた。でも、本当は違った。葵さんの名前だったんだ……。
 そっと、僕はそれを指でなぞる。
 きっと、もう会うことはないだろう彼女に心の中でつぶやいた。

『ありがとう。葵さん』

 その日から、学校に七不思議が再び広まった。だけど、最期の一つは誰も知らない。
 僕、高木修哉を除いては――――

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