高木修哉 雑記

あの日から僕は変わったと多くの人が言う。
あの日。
僕と葵さんが出逢い、七不思議を巡ったあの日。
僕以外にとってはあの日は〝僕が肝試しに行って、帰ってくる気配がなく、家族を心配させた日”だ。
ろくでもない息子が、ろくでもない遊びに行って、帰ってこなかった日というわけだ。
端から聞いたら、とんでもないろくでなしがいたもんだとなってもいい日なんだけど、どういうわけか、あの日から、僕は変わった。いい意味で。と多くの人が言うわけだ。
何かあったのか? と問われることも少なくないけど、その詳細を僕が話すことはない。
何があったわけでもない。
肝試しに行って、怖い思いをして帰れず、親に迎えに来させた。
それだけだ。
少なくても、その言葉は嘘じゃない。
それだけでもなかったけど。
端的に言えばそういうことになる。
そんなことくらいで人間変われるなら、きっとこの世界はこんなにめんどくさくないだろうになと僕は思う。
僕は変わったわけじゃない。
僕が葵さんと出逢った、あの日。
僕は、大事なことに気付いた。僕の本心に気付いた。
本当はそれだけの話なんだ。
大人や周りの人がいうような大それたことは何もない。
ただ、あの日、僕はちょっと優しくて泣きたくなる一日を過ごした、というだけなんだ。
誰もが本当は体験したことがあるのに忘れてしまう、そんな子供らしい一日を過ごしただけ。
あんなこと本当はあるわけがない。
幽霊? そんなのいるわけがない。
あんな非日常なんて存在するわけがない。
そんな常識で考えれば分かることを僕は分からないままにした。
大事に大事に無くさないように抱えた。
それだけだ。
あの日、あんなありえない、夢じゃなきゃおかしいような一日に、僕は葵さんと出逢って、七不思議を巡って、多くのものを得て、多くのものを失った。
葵さんは僕に向日葵のお礼がしたかったのだと言った。
そう言って、笑っていた。
あの笑顔が僕は忘れられなくて。
だから、今の僕がいるだけ。
僕は昔から花や草が大好きだった。
それは彼女が例えいたとしても、いなかったとしても変わらなかったと思う。
いや、本当は女男なんてからかわれて、僕はほんの少し挫折していた。
自分の心にウソをついて、スカした男の子になった方がいいのかもしれない。その方が〝普通”で、〝一般的”で〝楽”じゃないか、と。
そう思っていたかもしれない。
僕は心が弱いやつで、人と違うことはいけないことなのかもしれない。馬鹿にされるのは僕が間違っているからで、間違って生きたらいけない。そんな風に思い始めていた。
夢は捨てなきゃ……、大人にならなきゃ……、好きなものを嫌いなフリをして、僕は普通だという顔をして生きるべきなのかもしれない。それが、大人になることなんだろう? なんて、大人ぶって。
そう、思おうとしていた。
僕は自分が子供であること、子供でいていいこと、そもそもあきらめることが大人になることなんかじゃないのに。そういうことを捨てようとしていた。
真っ当な人間にならないといけないのだと思おうとしていた。
まさにそんな時だった。
あの一日は。
そんな時に葵さんは気付かせてくれた。
花一つで、そんなに笑顔になれる人間がいるのだということを。
僕が花を育てていたおかげで、葵さんに逢えた。
僕の好きが誰かを笑顔にできたのかもしれない。
そういうことに気付けた。
優しい、子供のひと時。
誰もがそんな御伽噺なんてありえないと言うであろうそんな出来事。
僕はそれをずっと抱えている。
これを捨てることで大人になれたつもりになれるのかもしれない。
だけど、僕にとっては、大切な一日で。
誰だって持っていたはずのそんなありふれたことを、ただ忘れず生きているだけ。
僕は変わったんじゃない。
僕が変わったんじゃない。
多分、変わったのはみんなの方で。
みんなが大人になっただけで。
僕は、今も夢のような子供らしいことを忘れられないでいる。
それでいいと思う。
僕は僕の心に正直に、草や花を育てる人になりたい。
誰に何を言われても、あの時の笑顔が、ずっとそんな僕の背中を押してくれている。

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