はっと目が覚めた。
寝起きがいいとか、悪いとか、世では言うが、おそらく自分は良いほうなのだと思う。
いや、実際どうなんだろうな……。寝起きがいいという言葉の概念があたしはよく分からない。
目が覚めたらそれきりですっきりしているのを寝起きがいいというなら、おそらくあたしはその類ではないのだろう。
あたしの目覚めは言うなら、蘇生だ。
今まで死んでいた体が急に息を吹き返した、生き返った感覚とでも言うんだろうか。
毎日悪夢から飛び起きるような感覚に近い。
そんな目覚めであたしは朝を迎える。
夢のことなんて何にも覚えていないのに、なんだか、怖いものから飛び起きたように思えてならない朝を何度も何度も繰り返している。
いつかそのうち、朝が来なくなってしまわないか不安になることもないわけではない。
いや、むしろ、いつも寝るのは怖いことだとあたしは思っている気がしてならない。
朝さえ来てくれれば、怖いことはないんだが。
今日もあたしは生きているのだとまるで死から目覚めたかのような感想に胸を撫で下ろす。
本当に情けない。
あたしのことを、多くの人は「忌み目」と呼ぶし、「最強の戦闘隊長」なんて言っていたりもすることも知っている。
その名が聞いて飽きれるな。
別に褒められてる気は全くもってしないが。
むしろ、彼らのあれは、私に対する嫌厭、なのだろう。
奴らはそれらの言葉をあたしには聞こえていないと思っているんだろうが、なんのことはない。全て筒抜けだ。
そういう言葉っていうのは、本人に聞こえていないと思っていても、案外聞こえているもんなんだよ。とあたしは目をこすりながら上体を起こした。
朝っぱらからしょうもないな。
朝日がやや顔を出し始めている。
少しばかりゆっくりしすぎたかもしれない。
あたしは毛布を払いのけ、寝台を降りた。
あたし達の所属する組織、〝世界防衛機構エルピス〟の朝はいつも早い。
隊員によっては夜が明け切らぬ前から出立する者もいるし、朝早くから訓練やら鍛錬やらに勤しむ人間も少なくない。
この御時勢にゆったり寝てられる奴なんてそうそういないだろう。
あたしだって、そうでないと言ったら嘘になる。
そういえば、最後にゆっくり安心して眠ったのはいつだろう……。
なんて思考を働かしているうちに、空は明るくなろうとしている。
あんまりのんびりしていると、あいつに笑われるな。
といつも、朝からあたしの様子を伺いに来る青い髪の誰かのことを思い出して苦笑する。
カーラ。
あぁ、そうだな。
あいつがそばにいるときは案外安心して眠っているかもしれない。
あいつは人を寝せる名人かなんかなんだろうか。
前にも、気付いたら寝かされてたことがあったなと過去の自分の失態にため息をつく。
あいつ、人を眠らせるのが得意すぎるだろ。
おそらく、そう時間も経たぬうちにこの部屋をノックしに来るであろうあいつを思い浮かべて、頭の中のあいつに悪態をついておく。
本人につかないだけマシだろ。と頭の中で文句を垂らしながら、さすがにまずいなと朝のストレッチを始めた。
別に一日くらいストレッチをサボっても何の影響もないんだろうがな。
さすがにそれを良しとはできない。
本日、あたしの隊、つまりは〝エルピス第三支団第132戦闘部隊〟通称、隊長のあたしの名を取って、サラ部隊は特に任務もない休暇日なのだった。
それでもストレッチやら訓練をあたし達隊員が欠かさないのは、いつどこで何が起きるか分からないからだ。
たとえ、休日であろうが、戦闘隊員が必要になれば駆り出されるのは当然だし、そんなときに力をいつもどおり発揮できなくて死にましたじゃ笑い話にもならない。
そもそも、死にたくなんてないしな。
そんなわけで、一日くらいサボったところで影響はないだろうストレッチを今日も平常どおり行っているわけだ。
あんまりにものんびりしていたもんだから、今日はちょっと急ぎ気味だったが。
ストレッチを終わらせて、あたしはネグリジェを脱ぎ捨てる。
さてと。どんな格好をしたもんかな。
休暇日というのは何だかんだ調子が狂うもんだ。
特にあたしみたいな人間には本当に向かない。
おしゃれをしていいもんなんだか、無難に休暇とはいえ平常どおり隊服を着るべきなのか悩んでしまう。
そもそも、隊服以外どこにどうしまってあるんだか、部屋の主であるはずのあたしでさえよく知らん。
気付くと勝手にあいつにしまわれるもんだから、そこらへんに放り投げている日々使う隊服以外はよく分からない。
あいつが来ると「ちゃんとこういうのはしまわないとダメだよ隊長」「女の子なんだからさー」とかあーでもないこーでもないといいながら、部屋を勝手に片付けられてしまうもんだから。
おかげで、どこにどうしまわれているか分からない服は全てクローゼットさえ開ければ出てくるようになっている。
あたしは一切仕舞った覚えはないんだから、大体あいつのおかげだろうな。
本当によくあきもせず……。
ありがたいんだけどな。
とりあえず、あたしはクローゼットの中からとびきりオレンジのワンピースを選びとり、それに着替えた。
そうこうしている間に部屋にいい匂いが漂ってくる。
あいつが動き出したと分かる。
それは、もう間もなく、ドアがノックされることを意味していた。
はやめに顔を洗っておこうと洗面所に向かう。
顔を洗うのは冷水と決めている。
冷たい水をかぶれば気合が入るからな。
冷水を顔いっぱいに浴びせ、タオルで顔を拭く頃には、コンコンッと優しく、軽いノックがなるのだった。
「おはよう。サラ」
ドアと開けると、カーラが立っていた。
まぁ、開ける前からカーラであることは分かっていた。
なんせ毎日のことだからな。
手にはお盆にのったコーヒーが2カップ。
あたしとこいつの毎朝の日課と言ってもいい。
どちらが約束したわけでもないが、今となってはこれがないと朝が来た気がしない。
「あぁ、おはよう」
顔を拭いている状態であたしは答えた。
***
〝エルピス〟の部屋は隊でワンフロアを共有している。
総長〝アジェン〟いわく、隊の結束を高めるためだそうだ。
他にもさまざまな目的の元、そうなっているのだろうが、それはあたしの知るところではない。
あたし達の生活はいうならルームシェアっていうのと変わりない。
各人に部屋とバスルームと小さめのキッチンが割り与えられ、それ以外は共有だ。
なので、あたしとカーラは共有のリビングで朝を過ごす。
4人分の机に腰掛けて、カーラの入れたコーヒーを頂く。
カーラと一緒に。
残り2人もそう待たずに起きてくるだろうが、今は2人だ。
特に話すこともなく、ただ2人でのんびりコーヒーを飲んでるだけなことも少なくないのだが、今日はカーラから話題が出た。
「そういえば、あんまり気にしなかったんだけどさ」
そんな話し出しだった。
「俺いないとき、隊長、どうしてるの? この間、しばらくここに俺戻ってこれなかったじゃん。そういう日でも隊長は朝こんな風にコーヒー飲んでたりするの?」
あんまり気にしていなかった。
まぁ、気にする余裕もなかっただろうが。と、こいつの病室生活を思う。
別に今まで何回もあったことで、あたしも気にしたわけではない。
「さぁ、どうだろうな。やる気があれば飲むこともあったんだろうが、コーヒーメーカーをそのままにしてたら、アスカルにこっぴどく叱られたよ」
さすがに堪えたよ。とため息をつく。
そんな朝もあったな、などとぼんやり思い出す。
あの日は本当に少しばかり堪えた。
自分の何もできなさにな。
「あはは。隊長らしい」
「それは馬鹿にしてるだろお前」
分かってるよ。自分の不甲斐なさは重々承知だ。
でも、お前に笑われるのはちょっと嫌だな。
「別に馬鹿にはしてないよ。隊長らしいなーとは思うけど」
「それはどういう意味のあたしらしい、なんだ」
ろくなことを言われないと分かりながらも問いただしてしまう。
悪い癖だ。
「隊長はいいんだよ。それで」
何だそれは。
「だって、隊長はサラ部隊の隊長だからね。何もしなくても、副隊長の俺がフォローするから安心していいよ。むしろ、それは俺の仕事だしね」
そんなに満足そうに言われては、返す言葉もない。
本当に敵わないな、こいつには。
なんだか、あたしの生活の何もかもがこいつに掌握されている気もしなくないが、別段それが嫌ということもない。
むしろ、こいつに助けられてばかりだ。
「なんだかなぁ……」
本当にどうしようもないな自分は。
とため息をつこうとしたところで元気な声が飛び込んでくる。
「おはよう! サラにカーラ! 今日はいい日やな」
振り向く必要もない聞きなれた声だ。
木下亜華里。うちの隊の元気担当とでも言えばいいんだろうか。まぁ、本当にこいつは元気だ。
「おはよう。亜華里」
「おはよう。亜華里ちゃん」
カーラとほぼ同時に返事を返す。
ようやく、ここまでそろうといつもの朝だなという感じがしてくる。
まぁ、まだ一人起きてこない奴もいるが。
あいつはむしろ寝せといてもいいんだがな。とあたしは思うが、元気な彼女はそうではない。
「あれ? アスカルまだ起きてきてへんの?? あいつ、また寝坊しおって。うち、あいつ起こしてくるわ」
と気合を入れてアスカルの部屋へ消えていく。
朝から騒がしいことだ。
「はいはい、いってらっしゃい。亜華里ちゃんとアスカルの分もコーヒー用意して待ってるからねー」
などと、目の前の男はまぁ、よくも楽しそうに。
アスカルは寝せといてやってもいいとあたしは思うんだがなぁ。
あいつ、どうせ、相変わらず夜寝れてないんだろうからな。
そんなことを思っている間にカーラはキッチンに消える。
なんだかんだ、こいつ、世話焼きだよな。
なんて、今更過ぎることをカーラの背中を見ながら思う。
19歳、いや、もう20歳だったか。
サラ部隊ではあたしもアスカルも抜かして最年長だ。
それなりの役割分担みたいなのがこいつの中にはあるんだろう。よく知らないし、知る必要もないんだろうが。
コーヒーの香ばしい匂いが部屋を満たす。
それと同時に、後ろのアスカルの部屋から亜華里とアスカルの怒号が響き渡ってくる。
「お前!! その起こし方はやめろって言ってるだろ!!」
「はぁ!? いつまでも経っても起きんあんたが悪いんやけど? うちのせいにせんといてくれへん!?」
「だぁ!! 痛い! 起きるから、それやめろ!!」
あー、いやぁ、楽しそうで何よりだ。
ズズッと最後の一口を飲み終わったところで上から声が降ってきた。
「隊長、おかわりいる?」
お盆に2つカップをのせてカーラが戻ってきていた。
椅子に膝立ちしているもんだから、あたしより頭が上にある。
あたしのカップを覗き込むようにカーラはそう言った。
「あぁ、もらおう」
「うん。にしても、ほんと、この部屋はにぎやかで飽きないよ」
面白がりながらカーラは言う。
「本当にな」
そう答えるあたしも内心面白がっているから、変なことは言えない。
「明るくなったよね。サラ部隊」
「そうだな」
本当にそうだなとあたしは後ろの扉を振り返る。
本当ににぎやかになった。
明るくなった。
自分で言うのもなんだが、この部隊はいい部隊になったんじゃないだろうかと思う。
「あぁ……、こういうのを幸せっていうんだろうか」
不意に口からそんな言葉がこぼれていた。
「へ?」
カーラが間抜けな顔をする。
あぁ……。変なことが口から滑った。
恥ずかしくなって、あたしはカーラの顔にコップを突き出す。
「いいから、おかわり」
「はいはい」
顔にコップをめり込ませながらカーラは相変わらず、楽しそうに笑った。
あぁ、本当に、いい朝だ。
こんな朝が来るなら、寝ることも怖くないな。
あたしも、少しだけ楽しくて口元が緩んだ。
亜華里に連れられてアスカルが起きてくるのはそれから程なくしてのことだった。
――サラ・クァイシスの朝 完――
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